用語解説

橋本左内

号は景岳
1834年4月19日生-1859年11月1日没
福井藩士。江戸時代末期の志士、思想家。
幼い頃から優れた能力を発揮し、大阪の適塾で緒方洪庵から蘭方医学を学ぶ。福井藩主松平慶永(春嶽)によって藩校明道館の学監に登用された後、藩主の側近として藩および国の政治に深くかかわるようになったが、江戸幕府13代将軍の後継者問題で対立した井伊直弼による安政の大獄で処刑された。享年25歳。処刑地の小塚原回向院(東京都荒川区)と出身地の福井県福井市左内公園に墓がある。

 


左内公園にある橋本左内(景岳)の墓

 

思想家として幕政の改革を訴え、また西欧列強との関係において日本の安全と発展を考える先駆者であった。教育者としては、後に五箇条の御誓文の起草など明治新政府で活躍する由利公正らを輩出した。
また明治維新で活躍した西郷隆盛が、その人物と能力を高く評価し信頼していたことでも知られる。
15歳の時に人生の心構えを記した『啓発録』(1848年)は今も多くの人に読まれている。

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