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俵万智 第五歌集『オレがマリオ』(2013年 文藝春秋刊)

2017年10月02日

私がいつも枕元に置いている本のひとつがこの歌集。
寝る前にぎっしりした文章を読むほどのエネルギーはないけど、何かちょっと読みたいなという時に
この歌集を開くのです。読むと、余分なものが削ぎ落とされた31文字から情景が浮かび、どの歌も本当に生き生きとしていて、万智さんの非凡な才能に改めて圧倒されます。

 


タイトルの『オレがマリオ』は、万智さんが東日本大震災後、当時7歳だった息子さんを連れ、仙台から石垣島へ移住してしばらくした頃、息子さんがゲーム機に触れなくなっていることに気付き「この頃ゲームしないじゃない?」と言ったところ、息子さんが「だってお母さん、オレが今マリオなんだよ」と答えたエピソードから付けられています。典型的な都会っ子だった息子さんが石垣島に来てから、
自然の中で遊び回る自分こそがまるでゲームの主人公なんだと思えたのでしょうね。
その時のことを詠んだ歌がこれです。

 

「オレが今マリオなんだよ」島に来て子はゲーム機に触れなくなりぬ

 

万智さんの息子さんと言えば、今や「語録」ができるほど。そのユニークで斬新な視点の発言が
ツイッターでも話題になっていました。
たとえば、遊びに夢中で宿題をしない言い訳に「集中は疲れるけど、夢中は疲れないんだよ」
電子書籍について「便利だね!でもオレは、コロコロコミックをめくる時、顔に感じる風が好きなんだよなぁ」
お世話になっている親戚のおじさんには「コインのような人ですね。表と裏が全然違う」
う~む、座布団10枚!こういった言葉のセンスは、やはり万智さんのDNAもあるんでしょうね。

 

では他にもこの歌集から石垣島での暮らしを詠んだ短歌をいくつかご紹介しておきます。

 

のりしろのように短き冬過ぎて海開きする三月の島
ストローがざくざく落ちてくるようだ島を濡らしてゆく通り雨  
冷蔵庫にオリオンビールある日々を悪くないさと過ぎる四十代
シュノーケリングした日は思う人間は地球の上半分の生き物
マスゲームに油垂らしたなめらかさ魚群ざわっと向きを変えゆく
島の子の田んぼ実習六月は稲刈りなのか田植えではなく 
子は眠るカンムリワシを見たことを今日一日の勲章として
旅人の目のあるうちに見ておかん朝ごと変わる海の青あお

 

さて俵万智さんは、わが福井県にも大変縁がある人で、中学・高校時代は越前市に住んでいました。
これだけでも身近に感じるのですが、私と同じく、石垣島出身のいとこ兄弟バンド「きいやま商店」の大ファンであるということもあって、とても親近感を抱いています。石垣島では「きいやま商店」の
メンバーと一緒に地元のFM番組に毎週出演していたんですよ。万智さんは昨年からお仕事の都合で
宮崎市在住なんですが、時々、石垣島へも里帰り?してらっしゃるようです。

 

また本の装画には万智さんもお気に入り、石垣島出身のテキスタイルデザイナーMIMURIさんの作品が使われています。色がとにかく綺麗で鮮やか。沖縄や石垣島の植物のイメージそのままです。(H.S)

 

 

俵万智『オレがマリオ』を語る 

アーサー・ビナードを読む 

2017年08月27日

アーサー・ビナード(Arthur Binard)は、1967年米国ミシガン州生まれの詩人。
大学卒業と同時に来日して、日本語での詩作や翻訳を始めました。
2001年に詩集『釣り上げては』が中原中也賞に選ばれたのを皮切りに受賞作多数。
現在は広島市在住で、テレビやラジオ出演の他、日本各地で講演会活動も精力的に行っています。

 

実は福井市でも7月に彼の講演会があったのですが、都合がつかず行けませんでした。
読書家だった亡き友が彼について話していたことも記憶にあり、彼の本を一度読みたいと思って
いましたが、最近になってようやく2冊のエッセイを読むことができました。

 

 

彼は「一番好きな日本語は?」とよく聞かれるそうなのですが、ありすぎて悩むそうです。
テレビ番組でも外国人にこの質問をしているのをよく見ますが、もし「一番好きな英語は?」と
聞かれても私もとっさには答えられないし、多分いっぱいあってどれにするか、かなり悩むでしょう。

 

また、彼が日本で目にする英語と、アメリカ人としての感覚のズレのエピソードが面白いです。
たとえば2008年のアメリカ大統領選で、わが福井県小浜市が当時のオバマ候補を応援していた時の
応援団ロゴマークに書かれていた FIGHT OBAMA。ところが、FIGHT OBAMA は日本語では通じるものの、英語では逆の意味の「打倒!オバマ」になってしまうのです。誰かが指摘したらしく、途中から
I LOVE OBAMA に書き換えられたそうですが、彼にとってはそれも何かくすぐったいようなズレが
あって、どっちもどっちの茶番大統領選に妙にマッチしていたとか。

 

ちなみに彼がアメリカに輸出したい日本語は「花吹雪」だそうです。
彼の故郷のミシガンでは、花びらが舞うような状態でも誰も「吹雪」にたとえることはなく、
きまって「綿」のようという表現にとどまるらしいのです。

 

英語の学習者や翻訳に携わっている人など、英語と日本語の言葉というものに日々向き合っている人には特におすすめしたいアーサー・ビナード。読んでみると色々な発見があるはずです。(H.S)

 


福井でのアーサー・ビナードの講演会を取り上げた記事
(2017年7月4日付 日刊県民福井より)
講演を聞いた知人は「期待以上の講演で、涙が出るほどうれしい話だった。あんなに本当のことを言うアメリカ人にはお目にかかったことがない」と話していました。話の内容も真珠湾攻撃から第五福竜丸事件にまで及んだそうで、目から鱗だったそうです。

養老孟司著『京都の壁』

2017年08月06日

養老先生のお父様は実は福井県大野市の出身。そんな縁もあって昨年、福井市にある ブータンミュージアム主催の講演会「これからの日本、これからの福井~豊かな森と動植物から考える~」で講師を
務め、その講演会の模様を当サイトとYouTubeで配信、日本語字幕制作からその英訳まで何か月も
取り組んでいたこともあり、私は養老先生に親近感を持つようになりました。
おかげさまで動画も既に1万8千回以上、視聴されています。
その動画はこちら
   ↓

 
養老先生というとまず思い浮かぶのが大ベストセラー『バカの壁』ですが、他にも大の虫好きとして
有名だったり、またブータンがお気に入りで何度も訪ねていたりするんです。でも今回はなぜに京都本?と思っていたら、今年の春まで「京都国際マンガミュージアム」の初代館長を長年に渡って務めていたんですね。(現在は名誉館長)

 

その養老先生が少なからず関心を寄せているのが「都市」というもので、都市としての京都を考えた時に、いちばん不思議なのは「城郭がない」ことなんだそうです。
本のタイトルは『京都の壁』ですが、いきなり壁のない話で意表を突かれました。
日本では城郭を造らなかったので、その代わりにできた結界が「心の壁」なんだそうです。

 

講演会でも出ていたブータンの犬の話がこの本の中にも登場して思わずにんまりとさせられます。
そして飼い猫の話が出てきたりすると猫好きの私はもうたまりません!
なぜって、養老先生宅のスコ猫「まる」、超かわいいんです♪ 写真集まで出てるんですから。
そしてそんな「まる」と一緒の養老先生もかわいい(笑)

 

【動画】「養老先生に甘えてモミモミ、まる。」

 
京都にはお金だけではない違う価値観があると先生は言います。学生や学問を大切にしたり、文化や
伝統を重んじたり。高いと言われる「京都の壁」も大学の先生や学生たちにとっては少し低くなっていて、だからこそ全国から学生が集まってくるのでしょうと。

 

遡って、京都に都が遷った理由というのは、おおよそ資源の問題だったそうです。
京都には地下水が豊富にあったという説もあり、平安時代があれだけ続いたということは京都を選んだことは相当賢い選択だったと。ただ、地下水があると夏は温まるとなかなか冷えないので蒸し暑いし、冬は水が冷えてしまうから底冷えがするんだとか。
京都は盆地だから夏暑くて冬は寒いと漠然と思っていましたが、地下水のせいもあったのですね。
ほんと、あの夏の京都の地面から湧き上がるような熱風といったら、蒸し暑い福井ともまったく違う
暑さなんですよね。

 

また高度に発達する街というのはパリとセーヌ川のように川を中心に栄えるそうです。
京都の鴨川はそれに匹敵すると。なるほど、セーヌ川のないパリは想像できないし、
鴨川のない京都なんて絶対ありえません。

 

「京都の雰囲気は京都に来てこそわかるもの。だから私を含めて人は京都に足を運ぶのでしょう。
たとえそこに見えない京都の壁があったとしても…」と養老先生も書いていますが、
そんな「見えない壁」があるからこそ、神秘性が生まれ、興味をそそられ、特有の文化が
培われるのかもしれませんね。

 

読み終わって、私も久しぶりに京都の街を歩きたくなってきました。
もう少し涼しくなった頃に…。(H.S)

 

養老孟司著『京都の壁』

ビバ!コンビニ | 芥川賞受賞『コンビニ人間』村田沙耶香 

2017年04月18日

大学卒業後にコンビニのアルバイトを同じ店で18年間続けるというのは一体どんな人生なのだろう。
研修で一緒だった店員はもう誰もいない。店長は8人目。

 

きっと主人公の恵子は今日もコンビニに出勤し、そのコンビニで買った朝食をバックルームで食べて
朝礼を済ませ、元気よく客に挨拶しているのだ。
「いらっしゃいませ、おはようございます!」 
そしてこの瞬間がとても好きだと言う。自分の中に「朝」という時間が運ばれてくる感じが
するそうだ。恵子のモデルは筆者自身。芥川賞を受賞してからもコンビニでのバイトを続けている。

 

―コンビニで働いていると、そこで働いていることを見下されることが、よくある。興味深いので私は見下している人の顔を見るのが、わりと好きだった。あ、人間だという感じがするのだ。― 
このくだりを読んだ時は衝撃を受けた。
自分を見下している人の顔を見るのが好きだなんてどういう人なんだ。
そう言えば恵子は「怒り」という感情がほとんどないと言う。
作中でも人を批判していない。かといってすごくほめることもない。 

 

オープン前のコンビニは 「オフィスビルの一階が透明な水槽のようになって」― 
他にも唸らせる表現は多いが、一瞬で情景が浮かぶようなこの比喩は特に好きだ。

 

恵子は確かに「ふつう」の人間とは言えないかもしれない。でも「ふつう」ってそんなに
偉いことなのだろうか。皆もうそろそろ「ふつう」の呪縛から解かれてもいい気がする。
でもそんな恵子が、自分はコンビニのために存在しているのだと思うと意味のある生き物に思える
コンビニという居場所があって本当によかったなぁと思う。

 

かつて外国人に日本語を教えていた友人によると、あるアメリカ人の生徒がこう言っていたとか。
「日本のコンビニはまるで夢の国です。何でも売っていて、お金も下せるし、宅配便も送れる。そして本当の夢の国、ディズニーランドのチケットまで買える!アメリカのコンビニは大体ガソリンスタンドの隣にあって汚く薄暗くて、とても危険な場所なのに」

 

日本のコンビニと、そこで働く人たちに幸あれ。(H.S)

 

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水上勉『越前竹人形』の世界

2017年03月14日

昨年の終わり、福井県坂井市丸岡町にある「越前竹人形の里」 に取材で伺いました。
越前竹人形と言えば、やはり水上勉の小説が連想されますね。
私もこの機会に初めて読んでみました。

 


「枝垂桜」師田黎明(1936 – 2010)作「越前竹人形の里」HPより

 

小説の舞台は現在の南越前町。しかし全編、京言葉に近い若狭の方言で綴られています。
ひょっとすると今の校閲では問題になったかもしれませんが、作品の持つ幽玄ともいえる世界にとても合っていました。

 

小説の主人公、喜助は母の愛を知りません。そして竹細工の名人だった父が亡くなると、
父に世話になったという、あわら温泉の娼妓で玉枝という美しい女が訪ねてきます。

 

その後、ある事態が起こってしまった後の玉枝の動揺ぶりがあまりにリアルで、
水上勉自身にまるで玉枝が乗り移ったかのごとく、その心情を描いているのに驚きました。

 

大切な人を傷付けられないからこそ、考えに考え抜いて、そしていざ結論を出したら後は動くだけ
という、女性ならではと思われる特質を水上勉は見事に描き切っています。
あるいは、女性はどうしても弱い立場であり、理不尽さに泣くのは女性なのだよと
暗に諭しているようにも思えました。

 

谷崎潤一郎は水上勉の『越前竹人形』をこう評しています。
― 何か古典を読んだような後味が残る。筋に少しの無理がなく自然に運ばれているのもいい。玉枝を
竹の精に喩えてあるせいか、何の関係もない竹取物語の世界までが連想に浮かんでくるのである。―

 

ところで、文学座では昨年10月~11月にかけてこの『越前竹人形』を上演しました。
公演中、ロビーでは羽二重餅などの県産品や竹人形も販売され、完売だったそうです。
いつか福井でも上演して欲しいですね。

 

文学座公演詳細ページ『越前竹人形』 
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ここからは劇団員さんが福井へ旅した時のブログも読めます。
おおい町にある水上勉が設立した「若州一滴文庫」をはるばる訪ねたり、「金津創作の森」 では公演用の竹人形を製作した山田信雄さんのアトリエも訪ねています。ここまでリサーチして役作りの参考に
しているんですね。水上先生って幸せ者です!(H.S)

 

こちらは「越前竹人形の里」で福井在住の外国人二人が竹人形作りを体験する動画です。(by GEN)

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